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ブログ @(あっと)驚く あべごろ~

山形県天童市 《フォトスタジオアベ》 のブログ

熱中時代

先日、中学時代の同級生とお酒を飲んでいて
「阿部君ってどうして昔のことそんなに覚えているの?」
という素朴な疑問。

なんでか知らないけれど、どうでもいい様なことを覚えています。
その中でも強烈な事件は1月31日にあったのです。


かれこれ30数年前の小学6年の1月31日・・・

阿部家のジイチャンとバアチャンも鮮明に覚えている事件です。

まぁ、たいした事件ではないのですが、
放課後に担任の先生に外に立たされていたという話。

そもそもの発端は雪だま遊び

昔の天童中部小学校(天童第一小学校)の体育館と職員室の間に
うさぎ小屋とかあったのですが、
そこで下校時間に同じクラスの男子10名くらいで
雪だまをトーテムポール目がけて投げて遊んでいました。

そうしたら、担任の先生がやってきて突然激怒

ほとんどの友達は蜘蛛の子を散らしたようにいなくなりましたが
なぜかN沢君とM山君と3人が先生に捕まってしまい
ゲンコツ&「そこに立ってろ!」

元気に遊んでいたのですが
突然の先生のカミナリで驚いてしまいました。

逃げ足が遅かったのが致命的な原因ですが
次の日にねちっこく叱られるより
今我慢したほうがいいやって感覚があったんですよ。

ちなみに「叱る」と「怒る」は違うというのは知っています。
怒られていました。

30年以上経った今でもどうして怒られたかわからないのですが
とりあえず担任の先生が怒りまくっているので素直に立っていました。

うちのバアチャン
「水曜日で習字教室の日だった」と言うので
午後2時ころだったのかも?

は習字教室に行きたくなくて帰ってこないんだと思っていたらしいです。

水曜日に早く帰ってくるのは今も昔も変わりません。


立たされているのを女の子なんか笑ってみていて恥ずかしかったのですが、
ゲンコツは懲り懲りなので照れくさそうに直立不動。

そのうち、学校から子ども声はしなくなり
しんしんと雪が降りあたりはシ~ンと静まりかえっています。

1月31日ですから、めちゃくちゃ寒かったです。

だんだん暗くなってきて、そして日没

用務員室(技能士さんの部屋)の明かりも消えてしまいました。

しんしんと雪が降る日は夜でも薄明るいのです。


しばらくすると担任の先生の声が遠くで聞こえました

「さようなら~」

N沢君とM山君と3人で顔を見合わせ

「今、先生 帰らなかった?」

「たぶん 帰った」

一同
「・・・・・・・・・・・。」

ここから先が長かった。


時間にしてそれほど長くないのかも知れないけれど
小学校6年生が雪降りの1月31日に
かれこれ5時間立たされている訳ですから
足のつま先なんか寒いとか痛いなんてもんじゃなかった。

手足が痛いよりも心細いのが辛かったのは間違いありません。

そこへ当時まだ40代だったうちのジイチャンがひょっこり登場。

助かった!と思ったら

「何してんだ?」

「先生からごしゃがっで(叱られて)
        たださっでだ(立たされている)」


「んだが しょうないな・・・  もうちょっと立ってろ」

立たせた先生も帰ってしまったようだとも伝えると、
薄情なジイチャンはそのまま立ち去りました。

小学生が夜7時過ぎまで帰ってこないのですから
心配するのも無理はありません。

同じクラスの女の子N宮さんの家に電話したら
「阿部君は先生から怒られて立たされている」と聞き
状況を知っていたのだそうです。


はわざわざ家に帰って行って、
何も知らない振りをして学校に電話をかけたそうで

しばらくすると教頭先生がドタバタ走ってきて
「&%$|〇д+Ь・・・・」

鍵のかかったあける手もおぼつかず、何を言ってるかわからないほど慌てていました。

何しろ一緒に立たされていたN沢君のお父さんはPTA会長だったのですから。

「暗いから、気をつけて帰りなさない
       いや、送っていく、いや やっぱり歩いて帰れ」


教頭先生は家まで送るか、先生に連絡をするか迷ったんでしょうね。

そんな訳で3人は無罪放免とはいかないものの仮釈放されました。


その後、自宅に担任の先生が電話をよこして
うちのジイチャンもあきれる言い訳をしていました。

「私が見たら、立っていなかった」
「雪だまが当たるとケガをすると思った・・・」

もう、うそばっかりです。

最後は
「私は何処にも逃げない、訴えるなら訴えろ」

うちのジイチャン
「先生を訴えても何の徳もしないでしょ」
と一言だけ返したらしいです。


翌日の朝、担任の先生は自分が悪くないという弁解を
何も知らない他の子供の前で話してたのを覚えています。

今だったら教師の不祥事で報じられてしまいますが
昔はのどかだったんですね。


うちのジイチャンとバアチャン
毎年1月31日と日付をみると
「小学校6年生の時の1月31日は人生に刻まれた日だ」
と、今でも話しになるのです。


この担任の先生にはとりあえず嫌われたようで、
何かあるたびに感情的に怒鳴られていたような気がします。


この先生、実はうちのジイチャンも教わった先生でご年配の先生。

先生から嫌われる発端の事件があるのですが
当時日本テレビで放送していた熱中時代の替え歌を
友達4人でお楽しみ会で唄いました。

歌のうまいW辺君がボーカルであべごろ~はじめ3人はコーラス隊

♪ボクの先生はぁ~♪とW辺君が唄い

その後でコーラス隊が
         バンチャ~


半分も唄わないうちに先生の逆鱗に触れたようでお楽しみ会は中止に


このときから人生の向かい風が来たような気がします

そういえば、熱中時代がリメイクされるそうですね。

あのままの主題歌なのかな?






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