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ブログ @(あっと)驚く あべごろ~

山形県天童市 《フォトスタジオアベ》 のブログ

美味しく食べるということ

たまには写真のないブログです。

このところ、学校行事のネタが多くなっていますが
小学校の子ども達と一緒に行動すると
食事を美味しく食べるということについて考えさせられます。


たのしみは 妻子(めこ)むつまじく うちつどい

          頭(かしら)ならべて 物をくふ時


                           橘 曙覧 
(たちばなの あけみ)
橘曙覧は幕末の歌人です。

この歌は家族揃って食事をするのがこの上ない楽しみですと詠んでいます。



これに似た歌では

楽しみは まれに魚(うお)煮て 児等(こら)皆が

            うましうましといひて食ふとき




貧しい生活の中で、たまに食卓にのぼる煮魚を
子ども達がおいしいとたべる様子が
微笑ましく詠われます。

<おいしい>ものを食べることと
<おいしく>ものを食べることは
根本的に異なることだと気づかされます。


幸せを感じる基準というのは人それぞれですが、
普段は意識しないようなことが実は大きな幸せなのだと
気づいていないことも多いものなのかもしれません。

たとえローソク一本の生活でも
家族と一緒に過ごせることは幸せなのだと思います。

東日本大震災の被災者の言葉を聞くと
家族と過ごす時間というのはかけがえのないことなのだと感じます。


小学生のなかには
「いただきます」「ごちそうさま」
という当たり前の言葉が出てこない子どもも少なくないように思います。

学校の先生が教えたとしても家庭でそういう習慣がなければ
なかなか身につくものではないのかもしれません。

食事中に立って歩いたり
一人だけ食べ終わったからと言って
どこかに行ってしまう子どもも少なくありません。

親は「うちの子に限って」と思うかも知れませんが
現実は思っているよりもとても多いものです。


女の子の話す言葉のほとんどはお母さんが日ごろ使う言葉です。

何か問題が起こったときに
その原因を子どものせいにしているような場合
カレーなどがうまく作れなかった原因なども
自分以外の誰か他人のせいにしたりします。

我が家の娘にもそういう傾向がないか気をつけたりしています。



親として大切なのは「自分の子どもは問題がない」とか思わないことだと思っています。

良くないところもたくさんあって当たり前です。
親がそのままで子どもだけ変わっていくということはありません。

親が気づいて、襟を正すというのは大切なのだと
自分自身が一番考えさせらているような気がします。


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